ショートショート

木箱

穏やかな顔をした白髪の紳士が、その箱を開け、端から順に、石に手を伸ばしそれを眺める。 まるで小さな子供を見るかのような、優しい顔で石を眺め、またそっと深紅のサテンの上へと戻す。 しばらく眺めて満足したのか、でも名残惜しそうに石をしまい、そし…

かげうさぎ

ねえ坊や、もうおやすみなさい。ううん、もうちょっとお話しして。いいわよ、じゃあねうさぎさんのお話しをしてあげようか。えっ、うさぎさん?そう、うさぎさん。いつもみんなを見守っているんだよ。あ、分かった、お月様のうさぎさんのことでしょ。うん、…

お母さんのネックレス

「あなたが大人になったら、お母さんが一番大切にしているネックレスあげるね。」それはもう何年も昔の事だったが、化粧鏡越しに母が私を見て言った事だった。 「え〜、今がいい。」 私は言った。その頃の私はどちらかと言うと、聞き分けが悪かったのだ。 「…

インディゴ

見つめあう二人。時もネジを緩め、静かに息を潜め見守る。 そのやわらかい褐色の肌に、インディゴの胸飾りがよく映える。 時を越えて愛し合う二人。 かつては許されない仲だった。互いに惹かれあい、遠くから交わす視線。 ただそれだけ。 違う部族に生まれて…

目には見えないもの

夕下がり。木々の影が長く延び、今、沈みかけた太陽がこの瞬間を、オレンジ色に染める。 あたりももうすかっり薄暗くなり、この夕焼けが妙にほっとする。 こんな夕刻の公園にはにかわしくない少女。人気も少なくなった公園で、彼女は一人何をしているのだろ…

スーツ

私はスーツを着て外へと出かける。みな気づいてないのだ 左半分が裸なのを。 平穏を装いながらも私の半心は、混沌と渦を巻き外へ外へ広がる。 私の右半分はそれを無理に型へと、はめ込んで普通な顔をしてみせる。 …でももしかしたら私もなのかもしれない。こ…

マグカップと日常と

「うそ…やっちゃった。」 カバンを片手に取り、急いで家を出ようとした彼女の後ろでガチャンという音がした。出勤前のせわしない時間。 とっさに振り返ってみると、そこにはお気に入りだったマグカップの破片が散らかっていた。すぐにでも片付けたいけど、「…

雪解け

長かった冬も終わり、新しい息吹が雪の間から、ひょっこりと顔を出す。 赤茶けた地面がぬかるみ、雪解け水が大地へと染み込む。 やがてこの雫が春には、大地の底から木の根によって吸い上げられ、幹を通り、新緑の葉から空気に散って、雲となり、また大地を…

気配

つかみそこねた右手。いつもそこで目が覚める。何の夢だったのかも思い出せない。でも何か大切なモノを、手放してしまったのかもしれない… 不安がよぎる。窓の外で枯葉が、風でカサカサと震える。 不安を振り払うかのように、ベッドから抜け出し、いつも通り…

ハッピー

私、今とても幸せ。だって彼が大好き。彼にギュッとされると、フワッとしちゃう。でも、すごくホッとする。ずっとこうしていたいの。だって彼が大好き。すごくいい匂いがする。彼が大好き。 とても幸せだよ。彼女が僕を想っていてくれる。何て言えばいいんだ…

あの日のフォークロアー

- 物質の記憶- それは、とても不思議な天気の日だった。 突然の雨に足止めをくらった僕らは近くの喫茶店に入った。店内には、僕と彼女、そして向こうの席にはカップルが1組。席に通されて落ち着くと、彼女は言った。 「…変な話してもいい?」僕はこくりとう…

映画

「映画って、ハッピーエンドだとつまらないのよね。」 ポテトフライに手を伸ばしながら彼女は言った。映画館帰りの、喫茶店での一言。普段の楽しげな君には珍しい言葉だった。 「そうかもしれないね。」僕は返した。 ただ君は今、遠くをボーと見ている。その…

プリズム

この思いは伝わらない。 はかない願いは瞳の上で七色に分かれ、黒いレンズに吸い込まれ、雫になってこぼれ落ちる。 いくつもの波紋が広がり、水面に落ちた音は冷たい空間に幾重にも反響する。 別れ出た音はふわっと白く輝き、淡く浮かび上がった思い出を、や…

少女

この石を君にあげよう、男は言った。彼女はそれを受け取り、純粋な眼をして見つめる。 彼女は売春婦。もうずっとこの粗末な小屋で客を待つだけの生活。ある日突然何も分からず連れてこられた。このあたりの地域ではよくある話だ。生きるためにはどうしようも…

ニュース

土曜の朝、トーストが焼ける匂い。ベッドの傍らにはまだ彼女のぬくもりが残っている。彼女の残り香をたどって、ベッドを抜け出し髪ををボサボサをかきながら、キッチンへと向かう。 彼女は僕に気づき、ふわっと表情を柔らげる。 おはようと互いに言葉を交わ…

二人

そこにいるはずのなのに、ふれあえない。空を切る手。彼女はアメ細工のように、美しく透き通る。 何かを話しかけてくるが聞こえない。僕もこの言葉を伝えようとするのだけども、分からないと言うような、困った顔をする。 困り果てて頭を抱え込んだ僕に、彼…

白日夢(リプライズ)

私は誰よりも早くあの朝日を見る。私は誰よりも早くあの朝日を浴びる。 私の影を闇からくっきりと浮かび上がらせる。世界にまた秩序が戻る。 私は誰よりも切に平穏を夢見る。そしてただ平穏の中にたたずむ。 また生命が動き出す。

夜明け

日が変わる頃から明ける頃、小鳥が鳴き始める。 レースのカーテンが、その鳴き声、空気につられて肌をなでる。 ぼんやりとした目で、窓から射し込む光の向こうの、だんだん色づく世界を見る。 パステル画のような夜明け。 空が優しく色づいてく、雲がわたが…

悪夢

その夜私は頭まで毛布をかぶり、ぶるぶると震えている。 冷や汗でびしびしょだ。 犬の遠吠え。闇が動き出したのだ。生物はみな息をひそめる。 ドクン…ドクン… 冷や汗のせいでお腹が冷えて痛い。 闇が迫ってくる。犬の吠き声が遠のく。闇にのまれていく。 気…

月夜

-2- 果樹園の木が月に照らされて、近くの木はくっきりとしたコントラストで、葉の何枚かはその受けた光を空中へと返している。 遠くに見える木はボンヤリとしたシルエットで、やわらかく映る。 私がそんなおとぎ話のような、風景を眺めていると、 旧友が…

月夜

-1- 私は靴を片手に廊下の窓から外へと抜け出す。みなすでに寝静まってる時刻だ。 家を出てすぐ空を見上げる。「よしこの月だ…」 濃い青のグラデーションに、そのダウンライトのような明かりを確認すると、すぐにそのやさしくクリアな光が照らし出す光景…

置き去られたモノ

数人の子供が、この乱雑な部屋に入ってくる。 みんなこの部屋に、いろんなモノを置きにくるのだ。 彼らもそうだ… 何なのかも分からずさっとそれを置き、機械のような表情で出て行ってしまう。 扱いが分からなかったのだろうか、どうやら手に余すようだ。 子…

スコール

-2- 脅威が去った後、私は薄暗い部屋のなか、無垢木のテーブルの上のランプのゆれる光と、香の煙の向こうの窓…レースカーテンが引かれた、モノクロームの世界を見入る。 見るといっても実際は何も見ておらず、ただボーっとしているだけで、 時折何らかの…

スコール

-1- この夏はなつらしくない。梅雨があけても真夏感はなく、いつも決まって夕方になると、雨のにおいがしてきて、少しすると雷と共に雨が降り始める。 いくらその日が晴れていても、日が沈みかける頃には、雨雲が雷と手をとってやってきて、空を感傷的な…

いねむり

午後の木漏れ日の中で、ふと眠りにつく。 昼下がりの太陽のせいか、まぶたの裏が焼け付きすごくまぶしい。 だがすぐに心地よい、気だるさに吸い込まれていく。 そして私は軟性のマグカップの船にのって、イメージの練りアメの中を漂う。 ゆらり…ゆらり…ゆら…

夢 現実 失望

女の子 「これは何?」男の子 「これはね、とても大きなものなんだ。」女の子 「そう?そんなに大きくは見えないけど…」男の子 「人によって大きさがまちまちなんだよ。」女の子 「とても明るく感じるわ。」男の子 「そうだね。でも明るさもさまざまなんだよ…

懐古

父の書斎に忍び込む。 その存在を主張する革張りのチェアーは、父の威厳を示すかのようだ。 そのチェアーに座り私は口ひげを撫でるかのように、口元に手をやりそして咳払いをする。咳はねたっと壁に吸い込まれ、そして静寂が睨み返す。 本棚の小難しい本や地…

朝食

窓に斜めに射し込む朝日で、食卓の上に長い影がのびる。 ざらついた光を反射するガラス窓の明るさは、目覚めたばかりの瞳には少しまぶしい。 カチ…カチ…カチ… 壁に掛かった時計が、心音よりもゆったりとしたリズムで時を刻む。 朝の緩やかな空気のなか、小鳥…