月夜
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私は靴を片手に廊下の窓から外へと抜け出す。
みなすでに寝静まってる時刻だ。
家を出てすぐ空を見上げる。
「よしこの月だ…」
濃い青のグラデーションに、
そのダウンライトのような明かりを確認すると、
すぐにそのやさしくクリアな光が照らし出す光景に目をやる。
木々たちは昼間に見せる生気に溢れた表情とは違い、
無機質な物質であるかのように映る。
植物も息をひそめて眠っているのだ。
この不思議の国にたどり着いたのは私一人。
子供っぽい高揚感に胸を膨らませながら、
ある場所へと向かう。
そこは一面田んぼや畑が広がっていて、
このような夜を楽しむにはとてもいい場所だ。
夜の散歩。
月明かりを頼りに歩きながら、
小さな頃読んだ童話を思い出す。
ハリネズミが月明かりで麦畑を散歩する話だ。
そして洋ナシが川に落ちて流れ、
次第にお酒に変わる話も思い出す。
なぜだか分からないが、
多分私はこの二つの話が同じ月の下、
同時に起きていると考えているんだ。
とても素敵な夜に違いない。
その場所に向かうににつれて、
この夜に自分以外がいないんだなという感覚が強くなる。
車一台通らないし、
もちろんこんな時間に出歩いている人なんて、
私以外誰もいない。
そんな空虚な民家郡をすり抜け、
石の橋をわたり小さな坂を超え目的地に達する。
そして振り返る。
それまで月を目指して進んできたので気づかなかったが、
私の後ろにくっきりとした影が付いて来ている。
この影が自分の分身のように思えて、
また何でも分かり合える旧友のように思えて、
なんだかうれしい気持ちになる。
私と旧友はあたりと見あたす。
たくさんの虫たちが奏でる。
どこかにいるのだろうが見ることは出来ない。
私たちはそこに腰を下ろし、
しばらくその光景を眺めていた。