懐古
父の書斎に忍び込む。
その存在を主張する革張りのチェアーは、
父の威厳を示すかのようだ。
そのチェアーに座り私は口ひげを撫でるかのように、
口元に手をやりそして咳払いをする。
咳はねたっと壁に吸い込まれ、
そして静寂が睨み返す。
本棚の小難しい本や地球儀、
机の上の万年筆など周りのモノは、
何も無かったかのようにそこにとどまり続ける。
その重い重力のなか、
ふと本棚の向こうに何か小さな扉を見つける。
「入ってみよう…」
また小さないたずら心が動く。
そこは趣味の部屋のようで、
狭い部屋の中たくさんのレコードや雑誌、
小物などが寄り添うように、
くっつきあって並んでいる。
その中から一枚のレコードを引き抜き、
レコードプレーヤーの埃をはらい、
そこにセットする。
舞い上がった埃が、
窓に射し込む光に、
うっすらと灰色の陰影を付ける。
ずっとその狭い部屋の中休んでいたスピーカーが、
動き出し再びこの世界をゆらす。
おもちゃ箱をひっくり返したようなにぎやかな音が、
こぼれ落ち、
床を跳ね、遊ぶ。
ほこりのかぶったコレクションの上で、
ふわっと淡く色を帯びながら遊ぶ。
このモノトーンの部屋に少し色彩が戻ってくる。
私は何冊かの本を手にとり、
それをさっと斜め読む。
その本の上をさっと音が撫でる。
時折強く光を帯びながら、
その一瞬の光のなか、
いろんな世界が映し出され、
導かれるその世界に想いをはせる。
まるで旅をするかのように、
このこぼれ落ちた想いと共に…。
しばらくののちレコードを止め、
私はその部屋を後にする。
残されたもモノは、
ゆっくりと元の空気に沈んでいき、
またあの長い眠りに付く。